【旅のススメ】疑心暗鬼の夜。タイで出会ったベトナム人


マックビー(@Houshi)です。

旅のススメ第3弾。

今回の記事は本当に旅の魅力が満載でお送りします。

これぞバックパック旅行の醍醐味!って感じです。

あの頃のワクワク感は、今思い出すと何だか胸が締め付けられるような気持ちになります。

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疑心暗鬼の夜 〜その1〜

カロンに長く居過ぎたようだ。
沈没、と言うわけではないのだが、ビーチしか見所がないのに連日雨続きでやることがないのだ。
タイを出る前にバンコクでやっておかなければいけないこともある。
そろそろプーケットを去る頃合いだ。

カロンの宿を引き払い、プーケットタウンで一泊。翌日のバスチケットを手配する。
プーケットにはつい最近、新しいバスターミナルが出来た。
旧ターミナルがターミナル1、新しく出来たのがターミナル2。チケットはターミナル1でも買えるが、長距離バスはターミナル2から出る。
古いガイドブックや過去のネットの情報に頼っていると当てが外れるため注意が必要だ。

プーケットからバンコクまでおよそ14時間。
僕は最終の18:30のチケットを手配した。
朝に出て夜に着くよりは、夜に出て朝に着く方が安全に旅が出来る気がしたからだ。

バスは二階建ての4列シート。席は最前列の窓側だ。
海外で初めて乗る長距離バスに朝から緊張が続いていたが、無事乗り込めた事にホッと一息付いていると隣に男が座ってきた。

彼のことは仮にTとしておこう。
Tはベトナム人だ。タイへは一人で観光に来た。
バンコクからプーケットへ来て数泊、再度バンコクに戻って数泊するらしい。
そんなことを取り止めもなく話していると、車内サービスのカステラが配られた。
お腹が空いていたので即座にかぶりつく。
美味い。でも・・・、喉が渇くな・・・。
鞄から水を取り出そうと手を伸ばすと、それより早くTが自分の鞄からペットボトルを2本取り出し、1本を僕に手渡してくれる。

T:ホテルのサービスで貰って余ったんだ。あげるよ
僕:ありがとう

お礼を言い、反射的に受け取ってしまったが、内心は後悔の渦だ。

しまった・・・。

これは、あれだ。地球の歩き方で読んだあれだ。貰った飲食物に睡眠薬が入っていて、寝入った隙に荷物を頂戴するというあれだ。
バンコクから南方面の長距離バスでは毎日のようにそんな被害が出ていると、地球の歩き方に載っていたではないか。間違いない。

しかし、今更要らないとも言い出せず、いくらなんでも一口で昏睡するような薬は盛らないだろうと判断し、申し訳程度に唇を濡らす。
蓋を閉めてドリンクホルダーに置き、以降は手を付けないようにするが、特に気を悪くした様子もない。

・・・考え過ぎだろうか。
ただの善意の人かもしれない。
こんな風に人を疑うべきではない、と言う日本人らしいオギョウギノヨイ考え方が頭をもたげてくる。
だが、男一人でプーケットに観光になんか来るものだろうか?
いや、まったく人のことを言えた義理ではないのだが。
会話は続く。

T:バンコクではどこに泊まるの?
僕:まだ決めてないんだ
T:どんな宿に泊まる予定?
僕:多分ゲストハウスかな
T:俺の泊まる宿に案内しようか?
僕:うーん、どこに泊まるの?
T:カオサン近くの宿でエアコン・シャワー付き、シングルで380バーツのとこ
僕:へー、じゃあ、僕もそこに泊まろうかな

しまった・・・。

本日二度目の「しまった」である。
これは、あれだ。セキュリティの甘い宿に連れ込んで、寝入った隙に荷物を頂戴するというあれだ。
ありふれた手口ではないか。間違いない。

しかし、今更やっぱりやめた、とも言い出せず、危ない所に連れ込まれそうになったら走って逃げればいいか、と問題を先送りにする。
どうも英語での会話に慣れないため、知ってる単語を適当に並べて適当に答えてしまう。
気を付けなければ。

とにかく警戒するに越したことはない。
貴重品は身に付けている。
鞄は足元だ。ブランケットに隠して肩紐を足に巻き付けてある。
寝入っても、そうそう簡単には盗られないだろう。

バスはまだ出たばかりだ。
長い夜になりそうだ。

疑心暗鬼の夜 〜その2〜

肩を叩かれて目を覚ます。
いつの間にか寝入ってしまっていたようだ。

休憩所に着いたよ。隣に座るTが報せてくれる。

時計に目をやる。深夜0時。
出発から5時間経って、ようやく最初の休憩のようだ。

他の乗客の後に続いてバスを降りる。
どうやら僕らの乗ってきたバス以外にも、複数のバスが休憩に入っているらしい。
深夜だと言うのに休憩所は大混雑だ。
辺りをぐるりと見渡す。
中央に並んだテーブルを囲むように、沢山の屋台が並んでいる。
さて、どうしたものか・・・。
適当に見て回っていると、向こうからTがやってくるのが見える。

T:もうご飯は食べたの?
僕:いや、まだ
T:食べないの?
僕:うーん・・・
T:バスのチケットに料金は含まれてるんだし、食べた方がいいよ

そう言えば、チケットを買った際に説明は無かったが、現地在住の人のブログにはそんなようなことが書いてあった。

T:こっちだ、付いて来て

係の人を捕まえて、僕らの座るべき席を聞き出し、案内してくれる。
「なんて頼れる男、惚れるぜ」
とはならない。
「ベトナム人なのにタイのことに詳し過ぎる、怪しい」
である。
助けてもらっておきながら、この仕打ち。酷過ぎである。
完全に心が汚れきっている。

食事はお粥とおかずが数品。
大皿から好きなおかずを取って、お粥に乗せて食べるというスタイルだ。

T:これも食べてみな。中華風の豚肉。美味いよ
僕:へー、こっちは?
T:漬け物。辛いよ

慣れない食事形式に戸惑っていると、Tがどんどんおかずを取って薦めてくれる。
美味い。

食事を終えて戻ると数分でバスは出発した。
日本のバスのように、乗客が全員戻ったか確認などしない。

お粥、美味しかったな。
色々助けてくれたのに、疑って悪かったかな。
Tはきっと良い奴だ。信じてみてもいいかもしれない。
心地良い微睡みの中、そんなことを考えながら眠りに落ちる。

目が覚めたら、次はバンコクだ。

疑心暗鬼の朝

朝6時半。
バスは予定より2時間早くバンコクに着いた。
早朝だというのに、ターミナルは多くの人で賑わっている。

バスを降りた僕は悩んでいた。
このままTに付いて行って良いものだろうか・・・。
昨夜はTを信じてみようと思っていたが、一晩経って冷静になってみると、その気持ちはすっかり消え失せていた。
なんと言っても、出会ってまだ半日しか経っていないのだ。

元々、日本を出る前から現地で出会う人間は全て疑うぐらいの心構えではいた。
だが、ここまで警戒するのには別に訳がある。

丁度バスに乗ったその日、ブログランキングサイトで、ある記事が注目度ランキングの1位になっていた。
記事のタイトルは「睡眠薬強盗にあいました」
現地で親しくなった人の家に招かれて食事をご馳走になったところ、薬を盛られて60万円も騙し取られたという内容だ。
ありふれた手口である。
本当に、本当に、ありふれた手口だ。
ガイドブックにも載っているし、世界一周ブログや海外旅行記でも、嫌という程に読んできた。

件の記事には、不用意過ぎるとコメントが付いていた。
最もな批判である。
南米でよくあるという首締め強盗と違って、気を付けていれば防げた被害だ。
でも、僕は被害にあったという彼のことを非難する気にはなれない。

信じてみたい、と思ってしまうのだ。
その考え方が命取りだ、ということは分かっている。
文字通り、命を取られることだってあり得るのだ。
それでも、気を付けていれば大丈夫だろう、自分だけは大丈夫だろう、という意識は拭いきれない。
一度、痛い目に会うまで分からないのかもしれない。
疑うことに対する後ろめたさもある。
折角の出会いを棒に振っていいのか、という思いもある。
今まで生きてきて、こんな風に人を疑うことなどなかったのだ。
この考え方は一朝一夕には変わらない。

逡巡はあったものの、僕はTに付いていくことにした。
Tを信用したわけではない。
だが、目的地は同じカオサンなのだ。
どうせタクシーに乗るのだから、同乗したって良いだろう。

観光客と見るや声を掛けてくる客引き達をかわし、メータータクシー乗り場で車を拾う。
タクシーの中でひと悶着あったが(長くなるので割愛するが)、僕らは無事カオサンに着いた。
その騒動の中で分かったのだが、どうやらTはバンコクにそれ程詳しいわけではないようだ。
常習的に長距離バスの乗客を鴨にしているなら、もう少しバンコクに詳しくても良さそうな気がする。

ともあれ、カオサンだ。
バックパッカーの集う聖地。

いよいよ本格的な旅が始まるのだ、という予感があった。